仏教の思想、諸行無常(平家物語の冒頭)の意味とは、無常観や十二縁起とともに解説


諸行無常とは何か

・平家物語の冒頭
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ。
『平家物語』第一巻「祇園精舎」

平家物語でもおなじみの「諸行無常」という言葉は、仏教の根幹をなす思想です。
では、諸行無常、つまり「諸々の行いは常ならず」とはどういう意味でしょうか。

まず、無常とは何でしょうか。

たとえば、私たちが住むこの地球は、約46億年前にできあがりましてた。
日本列島が今の形になったのは約1万年前、空にある太陽は50億年後の未来には燃え尽きてしまうといいます。
このように、一見揺るぎないかのように見える大地や空でさえ、生まれては形を変え、やがて消え去る運命にあります。

まして、百年生きるのが精一杯の人間の営みに、永遠に存在するもの、不変なものなどあるはずがないのです。

このように、つねに変化し、変わっていくことを無常といいます。
諸行無常とは、この世のすべてのものが変化して止まないという意味なのです。


「祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす」

これは「平家物語」の有名な冒頭部分です。
個々に出てくる盛者必衰をはじめ、無常という言葉をわかりやすく表現した言葉があります。

盛者必衰
現在盛んなものは、必ず衰えてしまうということ

生者必滅(しょうじゃひつめつ)
生まれてきた者は、必ず滅んでしまうということ

会者定離(えしゃじょうり)
一度会っても、また離ればなれになるのは定まっているということ

無常観とは何か

私たちは、自分のおかれている状況が不変であるかのように錯覚し、それが変化したといっては一喜一憂します。

このように感情の揺れ動く状態は「苦」であり、無常に対して無自覚な状況が苦を作り出していると正しく認識するのが、無常観です。

無常という考えは、縁起(えんぎ)の中心をなします。
縁起のしくみをわかりやすくまとめたのが十二縁起です。

私たちは無常を認識すると、不変の何かを求める心が発生します。
そして、無常の世界を脱するために、悟りを得ようと考えるようになるのです。
これが「菩提心(ぼだいしん)」です。

つまり、世の中の一切は無常である、ということを知ることが、仏教を学ぶ上での最初の関門なのです。


縁起とは

ブッダは、この世のものは、すべて因(直接的原因)と縁(間接的原因)によって発生するとしましました。
その因縁が常に変化するので、結果も常に変化すると考えたのです。
これが縁起説です。

たとえば料理は、素材や調理法によって様々に変化します。
同じレシピでも作る人によって違う仕上がりになるのです。
そのように、すべての現象は、因縁によって変わるということです。

十二縁起とは

無明の状態から老死に至るしくみを示したのが十二縁起です。

①無明:人生の真理に対する正しい智慧がない状態
②行:行為が智慧のないまま行われる
③識:智慧のない行為のために、誤った識がうえつけられる
④名色:誤った識により、自分の身心ができあがる。
⑤六処:身体ができるときに、5つの感覚器官と意識が備わる
⑥触:できあがった身体と意識で、外部と接触する
⑦受:外部と接触したことで、それに対する感受作用が起こる
⑧愛:感受した対象に対する欲望が生まれる
⑨取:欲望を果たす事への執着が生まれる
⑩有:心を持つ生物として存在する
⑪生:他の存在を生み出す
⑫老死:老いと死の苦が発生する


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